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2017年6月16日 (金)

ブッダの教え(ネットからのコピペ)

http://world-fusigi.net/archives/8787402.html

「もしあなたが何かを好きになったら、好きと思った瞬間に、それを追い求めるでしょう。しかしそれは、あなたを苦しみへと導くのです。欲望というものは、本当に狡猾です。」

「最後には、おまえさんはあらゆる瞑想法さえ手放さなければならない。自分の師匠にさえも執着することはできない。じゃから、もし、その瞑想法が厭離(おんり)や無執着に通ずるものであるなら、それは正しい修行法であると言えるだろう。」

「ブッダのダンマを本の中に見出すことはできん。もし、おまえさんが真にブッダの説いたことを理解したいのなら、本を読むことに煩わされることはない。そんなことより、自分の心を観察するんじゃ。」

「何かになろうとしてはいけません。自分自身を何かに変えようとしてはいけません。瞑想者になってはいけません。悟りを開いた人になろうとしてもいけません。あなたが瞑想をするときは、あるがままにいてください。」

「気づきを保ち、物事をその自然なままにさせておきなさい。そうすれば、どんな環境にいようと、あなたの心は透明な池のように静まっていきます。」
「おまえさんの修行は、朝起きると同時に始まり、眠りにつくその瞬間まで続くべきものじゃ。どれくらい長く座れるかなどということは、気にせんでいい。
大切なのは、歩いているときであろうと、座っているときであろうと、便所へ行くときであろうと、気づきを保つことだけなんじゃ。

「足を組んで座る瞑想をしているときだけが修行の場だと思ってはいかん。なかには瞑想をするための十分な時間がないといって文句を言うものがおるな。
では、おまえさん、息をするための時間もないのかい?おまえさんが何をするときでも、そこには気づきがあり自然体でいるのならそれは瞑想になるのじゃ。」

「聞くが良い。ここには誰もおらん。ただ『これ』があるのみじゃ。主はいない。老いも若きもない。善も悪もない。弱い者も強い者もいない。・・・不生不滅・・。
わしらが重荷を背負っているとき、それは苦役となる。じゃが、重荷を背負う者がおらんのなら、そこに何の問題が発生することがあろう」

「平安でさえ、無常であると理解されなければならん。もし、おまえさんが心の平安に執着するのなら、それを失ったときに、おまえさんは苦しむことになるじゃろう。平安を含めたすべてを手放すのだ。」
「おまえさんが自分自身に対して腹を立てたり、自分の境遇を気の毒に思うとき、それは自分の心を理解するための大切な機会なのだ。」

「自分が怒っていることに気づいたら、ただそれを手放せばいい。もしくは、慈悲の修習をおこなってもよい。強い怒りが生じるときには、慈悲の心を育てることにより、それらとバランスをとるといい。」

「疑の全体のプロセスを観察しなさい。疑念を持っているのは誰なのか、疑念はどのように去来するのかを観察するのだ。
そうすれば、おまえさんは疑の犠牲者となることはない。おまえさんは疑から脱し、心は静謐なものとなるじゃろう。そして、すべての現象がどのように去来するのかを理解するようになる。」

「仏道修行においては、結果を出そうとしてはいかん。解脱をしたい、悟りを開きたいという強い欲望は、おまえさんの解脱を阻む欲望になってしまう。」

「生物の価値に優劣はない」と
「自分の力だけで生きてると思いあがるな」と
「自由」と「孤独」は違う言葉
だけどそこに立ってるのは同じかもしれない

「修行の道は、常に煩悩や習慣化した欲望と対立します。かつてサーリプッタ長老が托鉢に行ったときに、自分の中の貧(ローバ)が、
「もっとたくさんよこせ」と言っていることに気がつきました。そこで、サーリプッタ長老は、村人に、「少しだけいただけますか」と言いました。」

「私たちは思考を無理やり抑えようとするのではなく、思考が生じても好きなようにさせ、ただそれに気づき、過剰に反応しなければよいのです。」

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http://world-fusigi.net/archives/8484369.html

思いわずらうな。
なるようにしかならんから、
今をせつに生きよ。
 (キリストも似たようなことを言ってますね。
 マタイによる福音書/ 06章 25~34節」
 
6:26空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。

もし、清らかな心で
生きている人がいたとしたら
幸福はその人の後に、
かならずついていく事でしょう。

善をなすのを
急ぎなさい。
善をなすのに
のろのろしていたら、
心は悪を
楽しむようになります。

他人の過失を
見る必要はありません。
他人のした事と、
しなかった事を見るのではなく
自分がした事と、
しなかった事だけを
見るようにしなさい。

自分で自分を、
励ましてあげなさい。


壮大な岩が
風にまったく揺るがないように
賢者は、非難と称賛に
動じないものです。

戦いにおいて、
一人が千人に打ち勝つこともある。
しかし、自己に打ち勝つ者こそ、
最も偉大な勝利者である。

今日すべきことは
明日に延ばさず
確かにしていくことこそ
よい一日を
生きる道である。

過去は追ってはならない、
未来は待ってはならない。
ただ現在の一瞬だけを、
強く生きねばならない。

最大の名誉は
決して倒れない事ではない。
倒れるたびに
起き上がる事である。

学ぶことの少ない人は
牛のように老いる。
彼の肉は増えるが
彼の知恵は増えない。

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