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2019年2月 1日 (金)

「虞美人草」

ご存知、夏目漱石の 「職業作家として執筆した第1作」


「虞美人草」 wiki




お花の名前は「ヒナゲシ」

 イメージ合わないぃ


(虞美人が自決した時の血がこの花になったとか。。。)
藤尾の死因については「服毒」かと思っていたけれど、「憤死」かもしれないと思った。


気に入った文章をいくつか。。。

(「青空文庫」に感謝)





"皮だけで生きている人間は、土だけで出来ている人形とそう違わない。真面目がなければだが、あるのに人形になるのはもったいない。"  「虞美人草」 5742 / 6271


"真面目になれるほど、自信力の出る事はない。"  「虞美人草」 5758 / 6271


"真面目になれるほど、腰が据る事はない。真面目になれるほど、精神の存在を自覚する事はない。天地の前に自分が儼存していると云う観念は、真面目になって始めて得られる自覚だ。真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ。"  「虞美人草」 5763 / 6271


"「  真面目と云うのはね、僕に云わせると、つまり実行の二字に帰着するのだ。口だけで真面目になるのは、口だけが真面目になるので、人間が真面目になったんじゃない。君と云う一個の人間が真面目になったと主張するなら、主張するだけの証拠を実地に見せなけりゃ何にもならない。……」"  「虞美人草」 5806 / 6271


"手紙は点滴の響の裡に認められた。"   「虞美人草」 5821 / 6271

  物語の最後へと急転直下している時に書かれた「手紙」。
 宗近君が孤堂先生宛に、車夫に持たせた手紙。
 これは物語のピーク、大勢の方がこの章で「マーク」していらっしゃる所が多い。
 この文章はこういう状況下で書かれている。


"春に似合わぬ強い雨が斜めに降る。空の底は計られぬほど深い。深いなかから、とめどもなく千筋を引いて落ちてくる。火鉢が欲しいくらいの寒である。"  「虞美人草」 5821 / 6271

 文章が素晴らしい。
・「点滴」
 強い雨
 空の底は計られぬほど深い:病気治療での延々と続く「点滴」
・「響きの裡」
 強い雨が斜めに降る:ラストシーンへの盛り上がる緊張感
・「認められた」
 宗近君と小野さんの思いが込められた。(したためられた、みとめられた)
 
なんか講釈ぶってイヤ。


 「名文」?とかよく分からないけれど、素敵。


「I Love You」を「月が綺麗ですね」と翻訳した夏目漱石、すてき。

ところが!
夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したとされる根拠となる文献はない
ですって (((((((・・;)サササッ



"山の男と海の男が喧嘩をした。山の男が魚は塩辛いものだと云う。海の男が魚に塩気があるものかと云う。喧嘩はいつまで立っても鎮まらなかった。教育と名くる汽車がかかって、理性の楷段を自由に上下する方便が開けないと、御互の考は御互に分らない。"  「虞美人草」 6010 / 6271



"「ここでは喜劇ばかり流行る」"  「虞美人草」 6271 / 6271
 最後の1文。
 甲野さんがしたためた長文に対しての宗近君の返事(イギリスから)。
 宗近君らしいし、ここまで緊張感あふれて進められてきた最後がコレ。

 この一文を決定するのに苦労なさったろうなぁ。。。

 これで「絶筆」なら私が「憤死」する。(笑)




絶筆で思い出したけれど、漱石さんの「明暗」これこそが「絶筆」。


もう悔しくて悔しくて悶絶していたら、


「続 明暗」 水村美苗さん (1990年)が上梓されて貪り読んだっけ。

もちろん何回読み直しても面白いです。

(いろいろと言われていたようですが。。。)




夏目漱石 「我が輩は猫である」
これが My Best

ちなみに「虞美人草」のタイトル


昨夜豊隆子と森川町を散歩して草花を二鉢買つた。植木屋に何と云ふ花かと聞いて見たら虞美人草だと云ふ。折柄(おりから)小説の題に窮して、予告の時期に後れるのを気の毒に思つて居つたので、好加減(いいかげん)ながら、つい花の名を拝借して巻頭に冠(かぶ)らす事にした。
 純白と深紅(しんく)と濃き紫のかたまりが逝(ゆ)く春の宵の灯影(ほかげ)に、幾重の花弁(はなびら)を皺苦茶(しわくちゃ)に畳んで、乱れながらに、鋸(のこぎり)を欺(あざむ)く粗き葉の尽くる頭(かしら)に、重きに過ぐる朶々(だだ)の冠を擡(もた)ぐる風情は、艶(えん)とは云へ、一種、妖冶(ようや)な感じがある。余の小説が此花と同じ趣を具(そな)ふるかは、作り上げて見なければ余と雖(いえど)も判じがたい。
 社では予告が必要だと云ふ。予告には題が必要である。題には虞美人草が必要で―はないかも知れぬが、一寸(ちょっと)重宝であった。聊(いささ)か虞美人草の由来を述べて、虞美人草の製作に取りかゝる。
(明治40年5月28日 東京朝日新聞 「虞美人草」予告)

 

 


 

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