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2020年5月29日 (金)

悲しいお話

岡田眞澄さんのお話だったと思う。


第二次大戦の後(敗戦直前かな?)大陸から引き揚げる時のお話。


身一つぐらいで汽車に乗っていた時に飼っていた犬が追いかけて追いかけて。。。


とうぜん犬は追いつけず悲しい別れに。。。


犬が感じた絶望感を思うと涙が止まらない。


岡田眞澄さんにすごく懐いていたんだと思う。


その後は、、、きっと岡田眞澄さんのことを思いながら、逝ったんだと思う。


若き岡田眞澄さんの気持ちも思うに余りある。



きっと虹の橋で仲良くしていらっしゃると思う。





この話を思い出す度に違う方のエピソードではないかと思う。


もちろん確認する術はない。




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2020年5月23日 (土)

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

2011年3月に「有名」になった文章。


おそらく2011年にも無断引用したいるはず。

昨今の事態を見ているとまた思い出される。。。


この文章を拝読する度に得た物、失った物を思い出す。


・4年間、散々遊び回った2年、私を見つけたければ部室か映画館に行けと言われていた。

次の2年、本当にギュウギュウに勉強した。私を見つけたければ図書館か研究室に行け、と。


もう少し自由な時間を振り回すべきだった。


都道府県をまたがるバスが200円で乗れていたはず。

気がついた時はもう廃線になっていた。



「学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。」

過ぎ去った時間を後悔してもメリットどころか心身にダメージを負う。



さぁ、これからだ。


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卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。


 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。

 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。

 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

 「今日ひとりで海を見てきたよ。」

 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。

 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。

 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32


 一言付言する。

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。


立教新座中学・高等学校

校長 渡辺憲司


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2020年5月18日 (月)

2020年のF1カレンダー 最新情報:3つのサーキットでダブル開催で19戦?

2020年5月17日

2020年のF1カレンダー 最新情報:3つのサーキットでダブル開催で19戦?


シャーーーー((=^. .^=)ミャー)

クリスマスまでには終わるのかな。。。

 

 1  7/5   オーストラアGP  「オーストラリアと「オーストリア」の間違い
 2  7/12  オーストリアGP  「オーストラリアと「オーストリア」の間違い?
 3  7/2  イギリスGP(もしくはドイツGP)
 4  8/2    イギリスGP(もしくはドイツGP)
 5  8/9    ハンガリーGP
 6  8/23  スペインGP
 7  8/30  ベルギーGP
 8  9/6    イタリアGP
 9  9/20  アゼルバイジャンGP
10   9/27  ロシアGP
11 10/4  中国GP
12 10/11 日本GP
13 10/25 アメリカGP
14 11/1  メキシコシティGP
15 11/8  ブラジルGP
16 11/22  ベトナムGP
17 11/29  バーレーンGP
18 12/6    同上
19 12/13  アブダビGP


開催されないコース
・ベトナムGP
・オランダGP
・モナコGP
・シンガポールGP
・フランスGP
・カナダGP


ちなみに

** 2020年スケジュール ******


1  3/15 オーストラリアGP
2  3/22 バーレーンGP
3  4/5  ベトナムGP  
4  4/15 中国GP
5  5/3  オランダGP 
6  5/10 スペインGP 
7  5/24 モナコGP 
8  6/7  アゼルバイジャンGP
9  6/14 カナダGP 
10  6/28 フランスGP
11  7/5  オーストリアGP 
12  7/19 イギリスGP
13  8/2  ハンガリーGP
14  8/30 ベルギーGP
15  9/6  イタリアGP  
16  9/20 シンガポールGP
17  9/27 ロシアGP
18  10/11 日本GP
19  10/25 アメリカGP
20  11/1 メキシコシティGP
21  11/15 ブラジルGP
22  11/29 アブダビGP

 

 

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2020年5月12日 (火)

思いやりか偽善か

自分がシェアしていたものを見つけたので無断引用。
リンクは貼れているのでしょうか。

年月日のリンクから飛べました。

 

ここから



******************************

仲本 琴絵


今日ね、国際通りで
視覚障害の方がいて
横断歩道を渡れずにいたから
手をひいたのね。
その人、すっごく頭さげて
お礼をいってたんだけど

そのあと人が多くて
歩きにくいはずの国際通りを
いったり来たりしてて

気になってもう一度声かけたら
どうやら目的地に
つけないらしく
方向がわからなくて
行ったり来たりしてたらしい

なので
目的地のコンビニまで
手をひいて
その人が買いたい物を
一緒に探してレジで
お金も清算したんだけど

その人

ことに
『ありがとう』よりも
『迷惑かけてごめんなさい』
って言ったんだ。

この瞬間、この人の
されてきたこと感じてきたこと
想像できた

かなしくなった。

その人は言った。
『私みたいな障害者を
 気持ち悪いとか迷惑とか
 普通の人達はそう思うし
 助けを求めたら怒鳴られたり
 するのも普通にあったから…』

その人の言う
《普通の人達》はあまりにも
《普通》じゃなかった。

普通ってそうじゃないと思うんだ

普通がそうであっては
ならないと思うんだ

目の見えない人の手を
引いてやることが
《普通》でなくちゃならないんだ

………本来ならば。

ねぇ、みんな
普通を普通にしてあげよーよ

点字ブロックの切れ目は
健常者の少しの勇気と
優しさで繋がるよ

そして

その人は
スクランブル交差点の
目の前のファミリーマートで
お別れを言ったのだけど

気になって見てたら
やっぱり
スクランブル交差点を
わたろうとしてて

だけど

周りの人はその人を
無視して歩いてく
ひどいひとは
ぶつかったり点字ブロックを
遮って立ったりしてた

その人のプライドとかも
あるのだろうけど
危ないしまた戻って
一緒にスクランブル交差点
渡った。

斜めに歩くスクランブル交差点が
いかに視覚障害者に
冷たいかよくわかった。

その人は
スクランブル交差点を
斜めに渡ってすぐの
ファミリーマートに
行くはずが斜めに
渡りきれなくてずっと
何時間も国際通りを
行ったりきたりしてたのが
わかって

ほんとに
ほんとにせつなかった

その人がまた謝ったから

『迷惑かけてごめんなさい
 じゃなくてせめてありがとう
 って言ってください』

って言った。

この人が誰に謝ることなく
生きれる世の中になってほしい
とおもった

できれば

杖を持ってる手と
反対の手を自らの腕に掴ませて
先導してあげてください。

段差になる10歩前から
段差を教えてあげてください。

彼らはなにも見えないのだから。

でもきっと
健常者よりも人の冷たさを
冷たく感じ、温かさを
熱くかんじてる。


長々とした文章だけど
どうしてもみんなに
何か想って欲しかったし
行動するきっかけになればな
とおもって書いてみた。

読んでくれてありがとう。
できればシェアでも良いんで
たくさんの人に伝えてください。


******************************



気がつかない人たちは心が貧しいのだと思う。


自分は目が見えるだけで、ここに書かれている方とは間違いなく同じ人間。


目が見えるだけでエライの?


私はここに書かれてる方のほうがエライし、お優しい方だと思う。


忙しかったり何か考え事をしたりいろいろな事情があるとは思いたい。


むかし改札の直前でいきなり人立ち止まって後ろの私はぶつかりそうになったことがあった。

いつもの私なら心の中で「ぶつぶつ」

ところが前の方は白状を持った方だった。

切符を入れるところが分からない。

「あ、コッチです」と言って手を引いてしまった。


それは良いことをしたかもしれない。

でもいきなり後ろから声をかけられて腕を引っ張られて。。。

驚かれたに違いない。



白状を持ち上げている方はかなり困っていらっしゃる合図というのはつい数年前に知った。




こんなことをグダグダ書いてる私も偉そうだ。

誰かにマウントをとりたがっているんだろうな。



とりあえず気をつけよう。


マウントなんか勝手に思ってよ。


コレがボランティアの鏡!!!

↓ ↓

震災直後、被災地にボランティアに駆けつけた杉杉良太郎さんへのインタビュー。

「偽善とか売名と言われることもあると思いますが…」

と聞かれた杉さんが、

「ああ、


偽善で売名ですよ。

 

偽善のために今まで数十億を自腹で使ってきたんです。


私のことをそういうふうにおっしゃる方々もぜひ自腹で数十億出して名前を売ったらいいですよ」

 




ついでに「千羽鶴」も犯罪だわ。

祈りを込めて折るのは平和なところにいて大変な貴方たちに思いを寄せるワタシ偉い、としか思えない。

もちろん小さな子供たちとかそれぐらいででしか出来ないこともある。

でも巨大段ボールからドッサリ出てきているのを見て頭にくる

送った方はその後のことを考えているの?

困っている方がそれを見たら気持ちがほぐれるの?

どうやって片付けるの?


燃えるゴミに出したら鬼の様に怒るだろうし。



「かんちがいヤロー」にならないようにしよう!!


アーーー エラソーーー

 

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2020年5月 1日 (金)

【今西金属クロックポット取扱説明書】

26枚の画像をアップロードいたしました。


全ての権利は「今西金属」に帰属する物と思います。


「クロックポット」の名に恥じない様にご利用下さい。



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今西金属クロックポット取扱説明書 21ページ~26ページ

今西金属クロックポット取扱説明書_021.jpg 

~ 

今西金属クロックポット取扱説明書_026.jpg



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今西金属クロックポット取扱説明書 11ページ~20ページ

今西金属クロックポット取扱説明書_011.jpg ~ 今西金属クロックポット取扱説明書_020.jpg


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今西金属クロックポット取扱説明書 1ページ~10ページ


今西金属クロックポット取扱説明書_001.jpg

 ~ 


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【今西金属クロックポット取扱説明書】

手元にあった

【 今西金属クロックポット取扱説明書 

 

スキャンして画像を貼り付けます。



製品情報や数々のレシピがある上に、

もう「今西金属」という会社にも連絡が取れない状態で、

このままになってしまっては大変惜しい気がしました。




「今西金属さん」と連絡がいただける方がいらっしゃっていただけますように。


全部で26ページ有ります。



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